藤沢秀行・米長邦雄著 「勝負の極北」を読んで

サブタイトルは、「なぜ戦いつづけるのか」。
1997年、クレスト社から発行されている本です。

感想は、「とてもではないが真似できない」の一言です。
著者のお二人はスーパースターなので、一般人に真似できないのは当たり前だし、真似する必要もないのですが。
でも、やはり「憧れ」のような気持ちは出てきます。

豪快・豪放なイメージのお二人ですが、その一方で緻密さを感じます。
細かいことを正確に処理して、それを積み上げることを根気よく続けたから「突き抜けた存在」になったのではないかと思います。
そして「突き抜けた存在」だからこそ、皆の憧れ感から、豪快・豪放のイメージになったのでしょう。

ここで、緻密に処理することに関して、ひとつ疑問が出てきます。

たとえば、同書では、米長邦雄さんが難しい詰将棋の本をクリアした記述があります。
緻密な考慮を繰り返して、詰将棋の本をクリアした結果、四段になった、という話です。

この話を一般人に当てはめてみます。
一般人が成功しようとするとき、全ての項目を緻密に処理しようとすると時間切れを起こすので、

  • 緻密に処理すべき項目は、何か。
  • どの程度までやれば、緻密に処理したと言えるのか。

を判断することになると思います。

でも、この判断が難しい。
この判断は、どうするのでしょうか。
これが、私の疑問です。

米長邦雄さんは、この2つを的確に判断して、詰将棋の本を選択し、全ての問題を「ヨミ切った」と言えるレベルまでヨンだのだろうと想像します。
この判断ができる能力も、「突き抜けた存在」になるための要素のひとつなのだろうと思います。

何を、どの程度。
まさに、戦略論の世界だと思いますが、プロの棋士になるよう人であったからこそ、採用できた戦略だったと思います。