真間山弘法寺の涙石と古墳2基

市川市真間4丁目にある真間山弘法寺。ここの仁王門に通じる正面石段。この石段の下から27段目に常に濡れている石があります。はっきりと濡れている日もあれば、わずかに湿った感じの日もあります。周りの石段はきれいに乾いているのに、です。

これに関して言い伝えがあります。

江戸時代、作事奉行の鈴木修理長瀬という人が日光東照宮の造営に使う石材を船で運んでいました。すると、このあたりで船が動かなくなってしまいました。長瀬はここに仏縁あり、と思い、積んでいた石を勝手に弘法寺の石段に使ってしまいました。幕府から責任を追及された長瀬は石段の上で切腹しました。
切腹した場所がまさに涙石の上だったとか。

小学生のころ、涙石を踏むと寿命が縮まるという噂がクラスの中で広まって、ちょっとした心霊スポット扱いでした。

真間山の境内には、古墳が2基あります。
まずはここ、弘法寺古墳。

P11004991415

6世紀後半に造られたと言われる前方後円墳で全長は43メートル。
残念なことに半壊状態です。

次はここ、真間山古墳。

P11005011112

「いちかわ再発見 (市川ジャーナル社)」によれば、市川市内でもっとも形の整った円墳だそうです。(昭和52年当時の話)。
なぜか、こちらの古墳は看板が出ていないので、知らなければ見過ごしてしまいます。形も崩れていますし。
仁王門からななめ右方向に突き進んだ場所にあります。

松戸から国府台一帯は他にも古墳がたくさんあり、国府台古墳群と呼ばれるそうです。

鐘楼堂が建っている場所(前方後円墳っぽい形です。)も、古墳ではないかと考えている学者もいますが、まだ調査はされていないそうです。