京成線の「京成西船駅」が「葛飾駅」だったこと|船橋市西船

現在の京成線西船駅は、昭和62年までは「葛飾」(かつしか)」という駅名でした。大正5年に駅が開設された当時のこの辺りの地名が「葛飾村」だったからです。

【葛飾って東京都の地名ではないのか?】

たしかに寅さんで有名な柴又は葛飾区ですが・・・。
葛飾は万葉集にもみられる古い地名で、現在の東京都、千葉県、埼玉県、茨城県にまたがる地域だったそうです。

それが17世紀頃に、下総国葛飾郡(主に千葉県の辺り)と武蔵国葛飾郡(主に東京、埼玉)に別れ、さらに明治11年に、東葛飾郡、北葛飾郡など幾つかに分かれたそうです。

国道14号沿いの葛飾神社。

葛飾郡の総社として一千年の歴史があるそうです。

【西船駅周辺の地名の大まかな変遷です】

●明治11年、郡区町村編制法施行により、東葛飾郡を設置。
現在の市川市、松戸市、野田市、流山市、浦安市の全域と船橋市、柏市の一部や鎌ヶ谷市、埼玉、茨城の一部までを含んだ部分が東葛飾郡という行政区画になった。

●明治22年、町村制施行。
西海神、山野、印内、古作、寺内、本郷、二子、小栗原の八村が合併して「葛飾村」になる。

●昭和6年「葛飾村」が「葛飾町」になる。

●昭和12年、葛飾町、船橋町、八栄村、法典村、塚田村が合併して「船橋市」になる。

●昭和41~42年、「西船」誕生。
住居表示の変更があり、西船1丁目から西船7丁目が誕生しました。
京成西船駅(旧葛飾駅)の住所は葛飾町2丁目でしたが、昭和42年6月の町名変更で、西船4丁目になりました。

それから20年後の昭和62年。
西船という地名が浸透してきたため、「葛飾駅」も「京成西船駅」と改称されたそうです。

【東葛飾のその後】

平成17年3月28日、東葛飾郡沼南町が柏市に編入されたため、東葛飾郡は消滅しました。

JR総武線西船橋駅の南側には今でも「葛飾町」という町名が残っています。

東葛飾郡(だった場所)の南部は現在でも葛南と呼ばれることがあります。
松戸市の辺りは東葛と呼ばれることがあります。

(ブログを書くにあたって、西船駅上りホームの案内板「葛飾の地名とその由来」及び船橋のホームページを参考にさせていただきました。)

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