千葉県市川市の曽谷城跡に行ってみました

平成6年発行の本「東葛飾の歴史地理」によれば、市川市内に曽谷城址という中世の古城跡があるらしいのです。

本文中には〈東葛飾地域の主な古城跡〉の地町村別一覧表が載っています。
しかし、それらは大正12年発行の「東葛飾郡誌」と「昭和45年千葉県城郭調査報告」を参考にしているというので少し心細いのです。

ネットで調べてみたら、案内板くらいはあるらしいので行ってみました。

【場所】
曽谷3丁目22番地に案内板が立っていました。
県道264号(高塚新田市川線)沿いのNTTの建物の脇の道を登って少し進んだ場所です。

【地形】
小さな台地です。比高は15メートルだそうです。

【現状】
他の人のホームページにも書かれている通り遺構は残っていません。
台地の上は、ほぼ住宅地です。
「余湖くんのホームページ」では道の脇に城址碑と案内板が立っており、城址碑の脇を右に入っていくと、「唯一、城塁と土塁を残している、腰曲輪状の部分に出ることができる。ただし、土塁は民家の庭の一部になっている。」と紹介されていましたが、今は家が建っています。
現地の案内板には
「現在では台地が崩され、わずかに石井氏宅の裏庭に、土塁と空堀に一部が残されているだけで、曽谷城の全容を知ることはできません。」とあります。
石井氏宅を探してみたのですが、見つかりませんでした。
もっとも、この案内板の記事は昭和56年のものですので仕方ないかもしれません。

【感想】
それでもやはりこんな道を見ると、気のせいか城跡っぽさを感じてしまいます。もとからのものなのか、宅地開発で出来た地形なのかは分かりませんが、住宅地にしては複雑な地形がみられます。
3丁目の案内板が立っているあたりです。

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台地から西の方角を見たところです。

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実際の階段と坂道は写真で見るよりもずっとずっと急です。その向こうは東京都まで見わたすことができます。これなら敵が攻めて来てもすぐに見つけることができそうですし、守るのも楽そうです。

城跡のある台地の遠景。

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写真だとたいしたことなさそうですが、ここから結構長い坂道を上らないとたどり着けません。

この辺り一帯は昔は湿地帯でした。この城が建っていた当時も湿地帯だったとしたら、攻める方はさぞ大変だったでしょうね。

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