カテゴリー別アーカイブ: 読書

「暗渠マニアック!」を読んで市川の用水路跡を探索したくなった

図書館で「暗渠マニアック!」という本を借りました。
吉村生さんと高山英男さんという二人の著者が、暗渠の楽しみ方を伝授してくる本です。

この本では「単なる水路の跡」も暗渠として扱います。地下に水の流れが残っているいないにかかわらず、「もともと川や水路やドブがあった所」を全て暗渠として捉えています。

暗渠と聞いてまず私が思い浮かべるのは、あからさまに溝に蓋をしてある道。
蓋の材質はコンクリートだったり、鉄板だったりいろいろですが、とにかく一目で暗渠とわかります。
この本によればこのタイプの暗渠は「加工度レベル2」だそうです。(レベル1は蓋のない溝です。)
加工度が上がるにつれて、暗渠は道に埋設されたり(レベル3)、緑道や公園など、道以上の付加価値が付けられたり(レベル4)します。

ただし、道や公園になってしまっても、そこにはなんとなく普通の道や公園とは違った違和感が漂うものらしいのです。

なぜなら、もとは川などだった場所を無理やり道にした結果、車道よりも歩道の方が広い、とか、じめっとした場所に児童公園があるとか、家から道に向かって配水管が出ているとか、マンホールが連続して設置されているとか、道が異様に苔むしているとか、ちょっと変わった不自然な風景になるのです。
そんなちょっとだけ変な風景の写真も紹介されていて、街中のヘンな空間が好きな人にはたまらない内容です。

「いずれも共通しているのは、わずかな不自然さのある風景ということであろう。-中略―ふだん何気なく歩いていた道が暗渠だと気づいたとき、あなたの周りの、あなたが捉えている世界がきっとかわるはずだ。」(著者)

道路などが暗渠であるか、かつて水路であったことを示すものとして「暗渠サイン」というものが紹介されています。
橋の欄干や親柱(これらが道に埋まっている)、車止め、銭湯、行政境界などです。(この他にもいくつかあります。)

暗渠の蓋は重量物に弱いので、車は通行止め。水を大量に扱う銭湯(やクリーニング店など)は河川沿いにあることが多いから。川を境目にして行政区を分けることがあるから、だそうです。

このような知識を頭に入れておくと、街歩きが楽しくなりそうです。
さっそくレベル3や4の暗渠を探してみようという気になります。

昔、市川を含む江戸川周辺の地域は水郷地帯だったので、暗渠探しが楽しみです。

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アニメに関わる仕事について|面白い本を読みました

星海社新書の「アニメを仕事に!」(桝本和也著)を読みました。アニメ制作現場の紹介でもあり、ビジネス書的な内容でもあり、ちょっと変わったテイストの本でなかなか面白かったです。
以下、個人的に興味深かったことを。

【アニメ関係の仕事をしたいとき】
近頃のアニメ制作は「制作委員会方式」が主流。制作会社だけでアニメを作っているわけではなく、複数の異なった業種の人々がアニメ制作に関わっているそうです。ということは、「見方を変えればアニメに携わる方法がいくつもある」と著者は言います。
たとえ絵が描けなくても、音楽会社のアニメ部門、グッズメーカーのアニメ部門に就職するなどの道があるということです。
これはこれで険しい道のりでしょうが、絵が下手でアニメ関係の仕事をあきらめていた人には朗報かもしれません。アニメの仕事をする=制作会社に入ること、と信じていた私には目から鱗でした。

【アニメの現場で求められる人材】
仕事に対して真面目で実直であること。向上心と好奇心があること。コンテンツをただ楽しむだけでなく「観客」としての目を持っていること。社会人として、礼儀・常識・コミュニケーション能力・正直さがあること。(なるほど、アニメ制作は大勢の人が携わるからコミュニケーション能力は大事なのでしょうね。)
どんな職種にも通じるものがありますね。

【新人教育とは、10年後、会社を大きくしてくれる人材を育てること】
新人を「現場に即投入」する昔ながらのやり方は非効率だし、離職率も高くなる。というわけで、著者の会社では、きちんと段階を踏んで新人教育をしています。
その中に「日報を作らせる」というのがあって、次のような効果があるそうです。(1)作業時間を把握することができる(2)1日に作業を振り返って制作工程を反芻できる(3)何もないところから書類を作ることで、ポイントを押さえた書類作りができるようになる(日報はA4の紙に自由に書くことになっているので)等。
作業時間の把握は自分たちの仕事でも大切なことなので特に興味深く読んだ箇所です。

【暗黙の実務】
この本はアニメ制作について、制作進行という役職の仕事を通して書かれています。制作進行とは中間管理職のようなもので、(1)作品素材の管理(2)スケジュールの管理(3)作業環境の管理が主な仕事です。
著者によれば制作進行の「表面上の実務」は早い人で3か月から半年で覚えるそうです。が、現場で本当に重要なのは「目には見えない重要な仕事=暗黙の実務」で、著者の場合これを習得して実務に生かし、後輩に教えられるようになるまでに6年かかったそうです。
この、「暗黙の実務」の紹介とアニメ制作過程が本書のメインです。

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石橋郁子著「京のわる口、ほめころし」を読んで|「ぶぶづけ」の意外な意味

2004年、淡交社発行。
サブタイトルは、「京の不思議と素敵な話」。

京都といえば「一見さんお断り」と「ぶぶづけ」しか知らなかったのですが、この本はまさにこの2つで始まります。このような目次を見せられては読まないわけにはいけません。

一見さんの件はともかく、「ぶぶづけ」の話は意外です。
一般的には「ぶぶづけでも」と言われたら「もう帰ってください」の意味だとされていますが、この本では訪問する側・される側の相互の「おもてなしの心」と紹介されています。

「ぶぶづけでも」と言われたら「もう食事の時間だから」と訪問者側が遠慮する。その一方で、訪問されている側は食事時になったなら「ぶぶづけ(=質素な食事)でも」と訪問者が気を使わないように勧め、実際には仕出しをお出しする。来訪者側も、ここまで勧められたら、気持ちよく応じる。この相互の応接が「ぶぶづけでも」の真相のようです。

間口が狭く奥行きの長い家での、暑い夏の涼の取り方。すばらしい工夫があります。家の前の坪庭にたっぷりと水を撒き、その一方で奥座敷に面した奥の庭には水を撒かない。2つの庭の一方だけ湿らすことで空気の流れをつくるのだそうです。

人間関係に関する記述も興味深い。借りをつくることで自らの立場が弱くなることを嫌う「位どり」、自らの立場や意見を言わずに「察してもらう」言葉遣いなど。「ごきんとはん」「いけず」などの言葉の説明とともに人間関係が紹介されています。歴史的に権力者が入れ替わり立ち替わりした京都の町では、自らの立場や意見を言わないことこそ生き延びる道であった、という記述には「なるほど」と思うばかりでした。

最後に「京都商法」。「京都商法」=「持続する商売」で、その胆は「信用」。テレビのニュースなどで「持続可能な×××」のような言葉を聞きますが、京都がルーツなのかもしれません。

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田中優子著「江戸っ子はなぜ宵越しの銭を持たないのか?」を読んで|落語でわかる江戸のくらし

2010年、小学館発行。
サブタイトルは「落語でひもとくニッポンのしきたり」で、そのサブタイトルの通り「江戸のしきたり」が7つのテーマで紹介されています。メインタイトルの「宵越しの銭」は、7つのテーマのうちの一つです。

【江戸っ子はなぜ宵越しの銭を持たないのか?】
その答えは、持つ必要がなかったから。銭は循環するもので、使ってしまっても、また入ってくる社会だったから。むしろ、みんなが使うから循環が促進される、ということなのだろう。

【取り戻すべきライフスタイル】
「隠居」については新しい発見があった。
「隠居」といえば「家督相続」がらみのお話。家督相続などとう言葉からは家や世襲に縛られた不自由な時代を連想してしまうが、隠居というものは楽しいものだった。家督を次の世代に引き継いだら、もうひとつの人生を歩むことであったから。
生活費も相続させた財産から支給されたというから、お金の心配もない。

【遊びが文化を培った】
「下らない」の語源が解説されていて面白い。
説明すると長くなるし、うまく説明する自信もないので気になる方は本書に当たってみてください。
勝手な理屈を言わせてもらうと、『「上らない」と言うべきではないのか』などと思うのですが…。

時代劇で聞く言葉や地名などが満載で、「へぇ~、そうなのか」と思う場面も度々。
たとえば、恥ずかしながら私は次の言葉を勘違いしていました。正しい意味はこの様なものでした。
与太郎・・・ぼんやりとしているが、素直で善良な人物。
粗忽者・・・せっかちで早合点な人物で、粗忽であることを少しも気にかけない明るさがある。

最後に、本書を読んだのは「江戸のしきたり」に触れたかったからでしたが、それとは別に「落語というものは凄いものらしい」という感想のオマケが付きました。

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中島マリン著「タイのしきたり」を読んで|おおらかで羨ましい!タイ人の考え方

2012年、めこん社発行の本。
タイ国の「しきたり」を理解することを第一歩として、日本との違いを知り、相手を尊重することで、良い関係を築きましょうという趣旨の本です。

もっとも興味深く思ったのは、「タイ人にとって大切なこととは」の節。

  • 大半が仏教徒であるタイ人にとっては「自由=苦悩から解放されること」
  • タイ人が楽観的なのは、「一年中温暖で自然豊か、生活を心配しなくても生きていける」から
  • 法律の定めよりも仏教の教えの方が優先される
  • 「マイペンライ」という言葉で現状を受け止め、摩擦を最小限に抑え、衝突を避ける

意外だなぁ、と思うところは、

  • 電車等の車内で、子どもに席を譲ること(小さい子どもは弱い存在として扱われるから)
  • 食べ残しに寛容(自然豊かなタイでは、昔から食べ物に苦労したことがないから)
  • 「運気向上のため」「繁栄のため」に名前を変えることが法律上認められている
  • ほとんどの成人男性は、一度は出家する(出家する前の男性は半人前とされ、出家して初めて一人前と認められる)
  • 「しきたり」とは無関係だが、首都「バンコク」は外国人向けの名称で、本当はギネスブックにも登録されている長い名称がある(通称クルンテープ)

この本には、マナー・家庭行事・年間行事の章立てで、タイの「しきたり」がいっぱい詰まっています。
しかし、その「しきたり」は、地域よって(もしかすると時代によっても)スタイルに違いがあるようです。
このことに関して、私が「いい言葉だなあ」と感心したのは、お坊さんの発言で「しきたりとは人間が決めたものだ。気持ちさえこもっていれば、そのような決めつけにこだわることはない」というものです。

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日本語のコロケーション辞典として使えます|三省堂の「てにをは辞典」を買いました

書名は「てにをは辞典」ですが、内容は日本語のコロケーション辞典です。

たとえば、「所作がなっていない」などというときの「所作」。下に単語を続けるとしたらどんな語がふさわしいのでしょうか?(「所作する?ちょっとちがうなあ・・・」というとき)。
この辞典を見ると「所作を演じる」という語が載っています。

慨嘆をする」と書いてみたものの、違和感を持ったら?
辞典では「慨嘆をもらす」または「慨嘆する」という使い方になっています。

言葉探しにも使えます。
たとえば「世界を歩き回る」をもう少し格好よく表現したいとき。この辞典で「世界」を引いてみると。
さまよう
駆け巡る
飛び回る
渡り歩く
股にかける
家とする(なんか、すごいですね)
といった語を見つけることができます。
他にも「世界を」に続く語として
味わい尽くす(いったいどんな文脈で使われたのでしょうか?)
超克する(どんな文脈で・・・以下同じ)
展開する(同上)
などが記載されています。(これら以外にも、もっとたくさんあります。)

結合語の例は、近現代の大衆小説・時代小説・純文学・評論などから採集されたものです。

収められた語は約60万例。作家数は250名以上。編者である小内一さんが一人で20年かけて集めたそうです。

巻末に結合語例を採集した主な書籍が載っています。
旧いところだと永井荷風、島崎藤村、田山花袋から太宰治、川端康成を経て、林真理子、宮部みゆき、山田詠美あたりまで。

この辞典の活用例が巻頭で紹介されています。

1.言葉をさがす
☆ぴったりの言葉や表現をさがす
・あとに続く言葉をさがす
・形容詞・副詞など、修飾する語をさがす
☆忘れた言葉を思い出す
☆似た言葉をさがす
2.言葉の使い方を確かめる
☆表現に違和感を覚えたとき
☆否定形で使うのか、肯定形で使うのか
☆相性の合う言葉かどうかを確かめる
3.言葉を楽しむ
☆さまざまな情景を思い浮かべる
☆頭の体操
☆連想やイメージを広げる

もともとは類語辞典を探していてこの辞典を見つけたのですが、類語辞典よりも役に立つ場面が多そうな気がしてこちらを買いました。
パラパラとめくって見ているだけでも楽しいです。
税抜き価格¥3,800円は決して高くないです。

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酒井順子著「オリーブの罠」を読んで

「オリーブ」とは1982年から2003年まで、マガジンハウス社から発売されていた高校生向けのファッション雑誌です。80年代に一世を風靡し「オリーブ少女」という言葉も生まれました。

そこに紹介されているファッションはとにかく独特でした。膨らんだスカート、リボン、レース、手袋、帽子。コンセプトはガーリー&ロマンティック。お手本はリセエンヌ(フランスの高校=リセに通う女の子のこと)。表紙も中身も可愛らしい白人のモデルさんが、それはそれは可愛らしいお洋服を着て写真に写っていました。(このころの日本人は今とは比較にならないくらい、欧米に憧れていました。)

しかし、このファッションは「異性にモテるため」のお洒落でない。モテるためのお洒落でないからこその自由さがある、と酒井順子さんは言います。(確かに自由すぎて街では着られない服が満載でした。見る分には楽しかったのですが。)

「異性にモテるためのファッションはやめよう。自分らしいファッションに身を包んで自分らしく生きよう。服で好かれるな。中身で好かれろ。」

「オリーブ」が創刊された1980年代に主流だった雑誌は「CanCan」「JJ」「ViVi」といった赤文字系と呼ばれる雑誌(タイトル文字が赤かったから)。これらの雑誌のテーマは「いかにして異性に受けるか」ファッションやサークル選びなど全ての行動の判断基準が異性の目を意識したものでした。(当時の女性は結婚したら家に入るのが普通でしたので夫選びは今よりも重要でした。)

「オリーブ」はこれら赤文字系雑誌へのアンチテーゼだったと酒井さんは言います。
酒井さん曰く「この雑誌の登場で昭和末期から平成ひとけたの少女たちはモテからもヤンキーからも偏差値からも確かに解放されたのです。」

と、こう書くとまるでフェミニズム論のようですが、論調は全く違います。ご安心を。酒井さんの書き口が面白くて時々思わず吹き出してしまったり、とにかく読んでいて楽しかったです。

記述のかなりの部分は、酒井さんの目を通して描かれた「オリーブ」誕生から休刊までの歴史です。「へ~」と思うことがたくさんありました。

例えば私は「オリーブ」を「anan」の姉妹誌だと思っていたのですが、創刊号は「ポパイ」増刊号として発売されたとか、創刊から28号まではアメリカの明るいイメージでしかもターゲットは女子大生、就職の特集まであったとか(「オリーブ=リセ」と思っていた人は驚きますよね)。1970年代に「anan」にも「リセ」という単語が出てきたがこの時は不発だったとか。

各時代の表紙写真も適宜紹介されています。
懐かしかったです。
(このブログは弊事務所の女性所員が書きました)

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P・F・ドラッガー著「プロフェッショナルの条件」を読んで|知識労働とマネジメント

ドラッガー博士は「マネジメントの父」といわれます。
ところで「マネジメント」とは何を指すのか。そもそもなぜ「マネジメント」が必要なのか。この本の前半で分かりやすく説明されていました。(私はこの本の前半部が特に面白いと思っています。)

私なりに要約してみました。

  • 現代は「ポスト資本主義」の時代である。「ポスト資本主義」とは、知識が資源の中核となる社会のことである。
    (「資本主義」の資源は「土地」「労働力」「資本(=お金)」)
  • 20世紀初めは労働力人口の90%から95%が肉体労働者だったが、現代では知識労働者が最大の労働力人口を占めている。
  • 知識は高度に専門化してこそ意味をもつ。
  • しかしすべての専門分野に秀でる人はめったにいない。
  • 人は自分の強みを知ってその分野に力を入れるべきである(専門化すべき)。弱い部分をどうにかしようとしてはいけない。
  • 各人の強み(=専門)に応じた仕事をさせ、弱みを補う仕組みが組織である。
  • マネジメントとは組織の中で人に成果を生みださせることである。
  • そして成果を上げるためには、知識に知識を適用することが必要である。
  • この、既存の知識をいかに有効に適用すればよいかを知るための知識もマネジメントである。

最後の箇条書きのところをもっと噛み砕いて説明したいのですがうまく書けません。
マネジメントには二通りの意味があると理解していいのですよね。

ところでドラッガー博士の著書は、自己啓発本としても有名です。
ポスト資本主義やマネジメントがどのように自己啓発へとつながるのでしょうか。
私の理解はこんなところです。

  • かつて、より多くのものを生産しようとすれば、労働者をより長く働かせるか、より激しく働かせることが唯一の方法だった。
  • 現代では、知識を仕事に適用することで生産性を爆発的に向上させることができる。
  • 現代の高度な先進社会が国際競争力を得て、それを維持するための唯一の要素が知識労働者である。

そこで人的資源である私たちは、資源の源である知識のブラッシュアップに努めなければならないのですね。これがイコール自己啓発となるのでしょう。

この本はドラッガー博士の著作10点と論文1点から抜粋して再構成されたものですので、本を通しての論旨が見えにくく、やや雑然としている印象があります。(再構成の際にドラッガー博士本人が目を通したとのことですが)
フリーライターの漆原直行氏によると、ドラッガー博士の著書でどれか一冊選べといわれたらこの本がお勧めなのだそうです。

ドラッガー博士は経営学者の他に社会学者としての面も持っています。有名な「断絶の時代」は社会科学的な面から書かれた本です。
「プロフェッショナルの条件」の前半もそのような観点からの記述が多くなっています。

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小倉昌男著「経営学」を読んで|ビジネス書としての面白さ

宅急便を開始して、ヤマト運輸を大企業に育て上げた、小倉昌男氏の最初の著書です。

「経営学」などという書名から、大げさな経営理念を大上段に掲げた本、もしくは著者の一代記というイメージがあったのですが、全く違いました。

中心になるのは、宅急便を始めたいきさつからそれを軌道に乗せるまでの話です。

著者がどこからヒントを得たか、どういう計画をどのように立てたか等がとても具体的に数字もまじえながら記されています。

立派にビジネス書としても通用する内容でした。

記述も客観的でごくオーソッドクスな書き口で好感がもてました。

もともとヤマト運輸が扱っていたのは、商業貨物。
定期的に出荷され(反復的)、輸送ルートは決まっており(定型的)、輸送ロットは中または大口(大量的)。
対して、個人相手の輸送市場は、いつどこの家庭から出荷されるか分からない(偶発的)、
行先もまちまち(非定型的)。
運送業者にとってどちらが扱いやすいかは、一目瞭然。

民間業者は明らかに採算が取れないとにらんで、どこも参入していませんでした。成功すれば独り勝ちの市場です。

「個人宅配は、集配効率が極めて悪い」。小倉社長は、この“常識”をあえて疑い、効率よく集配するための仮説をたてるところから作業は始まります。

これまでの運送業者がやったことのない不特定多数を相手にする市場。著者はマーケティングの手法でそこに参入します。

このあたりが読んでいて一番面白かったところです。

ところで、私は宅急便について商業貨物輸送の一形態だという認識だったのですが、全く違うのだそうです。

小倉社長は最初から、今までの小口輸送とは全く違う業態を目指していたそうです。

この本が出版されてから16年たちますが、全然古臭さを感じません。書店では松下幸之助氏の著書と並んで売られていました。松下氏の著書共々、現代の古典と言えるのかもしれません。

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コンスタンス・レイド著 芹沢正三訳「ゼロから無限へ」を読んで

サブタイトルは、「数論の世界を訪ねて」。
講談社のブルーバックス、初版は1971年。

数学(算数)は、実用上の必要にあてはめて運用できれば、実生活に困ることはない、と考えています。
しかし、この本は、実用上の必要を離れて数そのものの性質について、説明してくれています。

本書中にも、弟子がユークリッドに向かって
この定理が証明できたら、金がいくら儲かるのですか。
ときいたら、ユークリッドは弟子を追い出した、という話しが紹介されています。
数の研究は、実生活に直ちに役に立つものではなくて、数そのものに魅力がある、ということでしょう。

本書には出てきませんが、数の性質の研究を「数論」といい、「数論」は「数学の女王」といわれ(女王は誰にも奉仕しないから)、実社会では役に立たないものとされています。
数論のうち、「素数」の性質は、コンピュータによる情報化分野で活用されているように思いますが。

私自身は数について研究するつもりは全くありませんが、本書を読んだ結果、ひとつ思い至ったことがあります。
数の性質を知ることにより、実用上の必要にあてはめることのできる数学(算数)の範囲が広がる可能性がある
ということです。
いいかえると、
数の性質に興味が持てれば、数学(算数)アレルギーが減って、実生活で数学(算数)のできる人になれる
かもしれない。

本書は、説明の調子も軽快で、読みやすくなっています。
構成は、ゼロから始まり、1~9の性質、そして無限およびe(ネピアの数)の話しまで。
読んでみれば、「確かに、その通り。」と思える数の性質が出てきますが、普通に生活していたら気付けないことばかりです。読んでいる最中は、けっこう楽しい時間を過ごせました。
しかし。
たぶん3日も経てば忘れてしまうと思います。直ぐには役に立ってくれない内容ですから。

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